ここは中川信子のホームページです。ことばの発達や障害について、
また、言語聴覚士に関連するさまざまな情報を配信していく予定です。

「そらとも」は「この空のもと、いたるところに、志を同じくする友あり」という意味です。
疲れて、ひとりぽっちと思えるときには、空を見あげ、胸いっぱいに元気を補給しましょう。
その曲がり角の先には、きっと新しい出会いと、すばらしいできごとが待っています。

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 桜の時期に前後して咲くモクレンやコブシ、私は大好きです。

 青空を背景に、モクレンが咲いていました。

見田宗介氏(社会学者・哲学者)による「宮澤賢治ーー存在の祭りの中へ」(岩波現代新書)という本がありました。
何回読んだかわからないほど読みました。

  賢治の生涯に現代の課題を重ね合わせた評論集なのですが、その中に「マグノリアの谷」という文章があり、どんな花なのだろう?と、ずっと気になっていました。

  今日、分かったのは、「マグノリア=モクレン属。コブシ、モクレン、泰山木(たいさんぼく)などを含む」ということ。

  「マグノリアの谷」から一部抜粋
      ↓ ↓

「けれどもそこにその生のうちに、到達した生涯というものがあっただろうか。
わたしたちがこの生の年月のうちになしうることとは、力尽くさずして退くことを拒みぬここと、
力及ばずして倒れるところまで至りぬくことのほかには何があろうか。」

「あれから賢治はその生涯を歩きつづけて、いくらか陰気な郵便脚夫のようにその生涯を急ぎつづけて、このでこぼこの道のかなたに明るく巨きな場所があるようにみえるのは

のために他ならないということ、このでこぼこの道のかなたにはほんとうはなにもないこと、このでこぼこの道のほかには彼方などありはしないのだということをあきらかに知る。

 

 それは同時に、このでこぼこ道だけが彼方なのであり、この意地悪い大きな彫刻の表面に沿って歩きつづけることではじめて、その道程の刻みいちめんにマグノリアの花は咲くのだということでもある。」

    見田宗介 『宮沢賢治--‐存在の祭りの中へ』

    第4章「舞い下りる翼」  四. マグノリアの谷---現在が永遠である  より

  「このでこぼこ道だけが彼方なのである・・・・・・

2011-03-23

 狛江市は、先週末から震災被災者支援のため、夕方駅頭に立っての募金活動に取り組んでいます。日替わりで当番(?)の部が変わります。

今日、3月23日は、教育部が受け持ちでした。
狛江市には小田急線の駅が三つあり、私は喜多見駅に1時間駅に立ちました。
公民館長、指導主事をはじめ、図書館長、職員、図書館協議会の市民、社会教育関係の市民などなど計20人近く。

朗々とした声で募金を呼びかける人を尊敬のまなざしで仰ぎ見つつ、私は最後の「お願いしま〜す」のあたりを唱和するばかりでした。

たくさんの人が足を止め、紙幣を入れてくれる人がとても多かったです。
ポテトチップの丸い筒型容器を2本持って近づいてきた若者がいました。
「は??」と思ったのですが、彼はその容器にぎっしりの小銭を、募金箱にざぁ〜と入れてくれました。
 受け持ち時間は6時から7時までだったのですが、「もう一本だけ下り電車を待ちましょう」とみんなで言いながら待ちました。「もう一本下り電車を待ちましょう」というのは、「あと5000円は増えるゾ」というコンタンがあったからです。
でも、6時半過ぎからどんどん気温が下がり、7時ころには、足や手は感覚がないほど冷たくなりました。7時10分ころ、待望の下り電車が来て、募金活動は終わりになりました。

「手足がかじかむ」といった寒さは、本当に久しぶりでした。 私たちは、「じゃあ、おしまいですね、ご苦労さま」と家に戻って、体を温められますが、避難所の方たちは、ずっと、2週間以上も、こういう寒さの中にあるのだ・・・・と、そのつらさが思いやられました。

未曾有の大地震、大津波、そして原発トラブル・・・・。
テレビから目が離せず、苛酷な避難所での生活の中、助け合い、耐えている東北の方たちの姿に涙することもたびたびです。
これからどうなるのだろう、私に何ができるのだろう、と自問自答。
せめて募金することぐらいは、と赤十字に送金してきました。

気仙沼には、大切なSTの友人、Oさんが住んでいます。
気仙沼の津波と火事の映像が流されるたびに、胸のつぶれる思いでした。
住所から見ると、山の方なので、最悪の知らせがもたらされるまでは、きっと元気でいると信じたいと思っていました。

そして、今日、別のSTの友人がPerson  Finder(消息情報)のサイトに、彼のことが載っているのを見つけて知らせてくれました。
Oさんから、「自宅にいる、家族も無事」との連絡があったとの書き込みがありました。 
ご本人は足が悪く、高齢のご家族もあるので、きっとまだまだ安心するわけには行かないのだと思いますが、ほんとうにありがたく、うれしい思いでした。

ただ、こんなにも多く、亡くなられた方、行方不明の方がある中、自分の友人が無事だったからと行って手放しで喜んでいいのかどうか・・・・・。
そんな思いもして、胸中は複雑です。

 いっとき、宮澤賢治の詩を夢中に読んだ時期があります。
「けふのうちにとほくにいってしまふ わたくしのいもうとよ」ではじまる「永訣の朝」、
「こんなやみよののはらのなかをゆくときは/客車のまどはみんな水族館の窓になる」とはじまる「青森挽歌」。
いずれも最愛の妹、とし子を失った激しいかなしみをうたったものです。

その中の、印象的なフレーズを二つ。

【わたくしはただの一どたりと   
あいつだけがいいとこに行けばいいと
さういのりはしなかったとおもひます】(青森挽歌)

【わたくしもまっすぐすすんでゆくから】(永訣の朝)

被災された地方と、そして、この国の復興のために、私には何ができるのか問いつつ、自分に課せられる仕事を淡々と続けたいと思っています。

寒さが襲来しています。みなさまも、気をつけてお過ごしください。

今年も花粉がとび始めました。
調布市入間町の飯田医院に、漢方薬をいただきに行きました。
以前は平日の昼間はすいていたのに、『自閉症は漢方でよくなる!』が出版されて以来、お客さんがふえちゃって。
昨日は、待合室に入りきれない人が外で待っているありさまでした。
と言っても、待合室には4人分しかイスがないから・・・なんですが。

あと何人待ってようが、先生は、悠揚迫らず、楽しげに、「あっははは」と患者さんとゆっくりお話しされます。

私の2人前の順番のお母さんは「まだ、飲み始めて1ヶ月なんですが、なんだか落ち着いてきて、おだやかなんです。よく眠ります。以前は、学校でイヤなことがあると、家に帰ってからもなかなか切り替えられなくて大変だったんですが、切り替えがよくなりました。機嫌がよすぎて、ジョークばかり言うので付き合うのが疲れます・・・」とかおっしゃっていました。
「ラクになった」親子さんがいるなら、ほんとによかったなーと思いました。

 「安心」4月号に飯田先生の漢方治療のことが、8ページ記事で掲載されています。
早速購入しました。内容的には単行本に書いてあることとほぼ同じですが、コンパクトにまとめられたので、読みやすいと思います。 
「安心」という雑誌自体は、「手をもむだけで全身が超健康になる!」とか、まあ、すべての人にあてはまるとは言い切れないようないろいろな情報が載せられている雑誌ですが、ほどほどに信じ、ほどほどに疑う・・・というスタンスで、私も時たま買うことがあります。
今回の4月号は特集が「アッサリやせる  骨盤ダイエット」です。
付録にDVDまでついているので、試してみます!
効き目があったら、また御報告しますね。

自閉症のお子さんへの第一チョイスである大柴胡湯(だいさいことう)ですが、「緊張をとる」ということであれば、場面緘黙とか、吃音の方にも「ラクになる」効果があるのではないのかしら、と思ったりしましたが、飯田先生によると、それは、まだ例がないとのことでした。
最近、吃音の方(おとな、こども)や、場面緘黙の方の相談を受けることがなんだか多くなっているものですから。 

働きすぎたか、不規則な生活がたたったか、少々ばて気味になったので、ここしばらくは飛び歩くのを控えておとなしくすごすことにしました。

春は体調をくずし気味です。みなさまも、お気をつけて。 

  日置真世さんは、釧路の人です。私は、彼女が「マザーグースの会」の関係者、ということで知りました。3年間の約束で釧路を離れて北海道大学で助手をやっています。

    釧路ー札幌はJRでゴトゴト揺られて4時間かかります。
帯広ー釧路だって、帯広ー札幌だって、結構遠いんですから、札幌ー釧路は結構な旅にちがいない。
が、シカにぶつかられたりしながら、毎週釧路と札幌をこともなげに往復しています。
それ以外にも、全国各地を飛び歩き。

さて、日置さんは、北海道大学で研究者(実践的研究)をする傍ら、昨年度日経ウーマンオブザイヤーに選ばれたり、モノスゴイ活躍ぶりです。
「おいしい地域(まち)づくりのためのレシピ50」という本を読んでいただければ、彼女の底力と、「地域」てものと、そこにすむわれわれが何をしなくちゃならないのか、視界が開けると思います。

 釧路、冬月荘の活動なども、スゴイです。「地域に根ざして」とかいう常套句の域をはるかに超えた活動です。

さて、そんな日置さんのブログ「新サロン日記」があります。
なぜ「
サロン日記」かって? 
それは、日置さんといえば、釧路のネットワークサロン の生みの親だからです。


毎日、とても面白くて読んでいます。
最近のものでは2月9日「社会的生活自立に含まれること」   とか、
同じ日の「お願いし合うつながり」 などには特にガッテン!ガッテン!しました。

地域活動は、ほんと、人との信頼、つながり、絆を回復させる活動だと思います。
というか、そういう方向を意識して動かなければ地域活動はできないんだと思います。
イヤなことにも出会うけれど、それ以上に心地よいことや、仲間といえる人を発見できます。
人は、もともと助け合いたい生き物なんだな、と実感できることが多いです。
浜田寿美男先生のことばを借りるなら「生まれながらに類的存在」てことかもしれません。

日置さんの実物(?)とお会いしたのは、昨年11月が初めてだったんですが、ずっと知り合いだった気がしました。そして、何百キロも離れた狛江と釧路で、ほとんど同じことを考えている人がいることがとても不思議でした。日置さんも同じことをおしゃってました。
昨年11月21日のブログ記事にナカガワのことがチラッと登場してます。

ヒオ、ナガワ、シロ、マエ・・・・ 結構[k]の音が多いなぁ。そこが共通点?

 何度もご紹介している東田直樹くん関連のことです。
東田くんと小柳拓人さんのジョイント講演会&コンサートの詳細は以下の通りです。
 

    【演 題】 東田直樹・小柳拓人 ジョイント講演会&コンサート
        〜 ぼくたちの心がもとめた幸せ 〜

【日 時】 2011年3月27日(日) 13時開場 13時20分開演 16時終演予定

【場 所】 アムウェイ 地下1階 オーディトリアム
      東京都渋谷区宇田川町 7−1
      (JR渋谷駅より徒歩10分)

【入場料】 無料 (事前申し込み不要)

チラシは東田直樹オフィシャルブログ(1月22日)に掲載されています。

          pdfファイルはこちら
  3月27日 チラシ 表
【3/27東田直樹・小柳拓人ジョイント講演会&コンサートチラシ・表】.pdf
  3月27日 チラシ 裏
【3/27東田直樹・小柳拓人ジョイント講演会&コンサートチラシ・裏】.pdf

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ついでに。

日本と、日本以外の世界各地でパソコンあるいは筆談でコミュニケーションする人たちのようすを記録したドキュメンタリー映画「Wretches and Jabberers」が完成し、いくつかの場所で上映が始まっているようです。
2009年5月に東大で行われたシンポジウム当日も撮影クルーが入っていました。
その場面も少し映るらしいです。 
ドキュメンタリー映画「Wretches and Jabberers」の内容紹介はこちら↓
http://www.wretchesandjabberers.org/index.php

ほんとに不思議で、にわかには信じがたいけれど、でも、どうやら「現実にある」ことのようです。
コミュニケーションが人間にとって、どんなに大事なことか、周囲の人たちには何ができるのかを考えるためにまたとない機会になると思います。
日本ではスポンサーを探していると聞きました。
誰か、ぽん!とお金を出してくれる人がいないものか。 

 昨2月11日は、狛江市内のNPO法人さつき会の地域講演会にお呼ばれしました。
場所は、和泉多摩川駅すぐの「カレーショップメイ」。

                                     開店した時から存在は知っていたものの、足を踏み入れたことはありませんでした。
いつも前を通る時は大急ぎで買い物をして家に帰らなければならない時か、どこかに向かって「きゃー、遅れちゃう!!」と自転車を飛ばしている時のどちらかなので。
ほんとに居心地のよい空間でした。
もちろん、カレーも安くておいしいです。500円。狛江近辺になら出前もありますよ。
おいしさは保証ずみ。ネットにもいくつか評判が載っています。
たとえば http://3kcurry.seesaa.net/article/160104378.html

 さて、昨日の私の講演のあと、 “ハーモニカの伝道師” 浅見安二郎さんによるハーモニカの演奏が一時間ほどありました。ハーモニカはほんとは、ブルース・ハープというほうが正しいそうです。
首から下げる式の金属製の器具で固定したハーモニカを、1本ならず2本までも吹いたり吸ったりで演奏し、手では細いギター(バックパックギターというそうです。背中にひょい!と背負える)を弾き、合間でかけ声までかけて(あたり前のことですが、かけ声をかけるときはハモニカの音は止まります!!)すばらしい演奏に魅せられました。
音楽には人柄が現われるといいますが、ほんとに暖かい音色でした。

タンゴの曲目などは、目をつぶって聞いていると、バンドネオン(アコーディオンみたいなヤツ)かと思うくらいで、ハーモニカは単旋律しか演奏できないと思っていた先入観がみごとに覆されました。
You-Tube に浅見さんご自身の演奏や、指導しているグループの発表会の動画がいくつか出ていました。http://www.youtube.com/watch?v=PJXaIWE3zRU

吸うー吹くの練習は、生半可なST(言語聴覚士)による言語指導なんかより、ずっといい機能訓練になるんじゃないか、ハーモニカを自分の手で支えて、吸うー吹くの練習ができれば上肢の協調動作、巧緻性などの機能訓練、しかも曲が演奏できるようになる達成感があれば、リハビリテーション(=「再び ふさわしいものにする」)にとって、最高の題材じゃないか! などと、またまた妄想を広げました。
やっぱり、音楽はすばらしい!!

浅見安二郎さんですが、近々狛江駅そばの ブルースとジャズの店 add9th(アドナインス)でライブがあるとか。チラシをもらいました。
このお店、私はジャズもタバコもダメなので、行ったことはありませんが、ご主人も、奥さんも、ステキな方です。タバコが苦にならない方はどうぞ。

 
クリックすると拡大します

平成23年1月20日(木)〜21日(金)にかけて行われた都道府県、指定都市及び中核市を対象に「全国厚生労働関係部局長会議」(厚生分科会)での説明資料と、補足資料が厚生労働省HPに掲載されました。

厚生労働省 ⇒ 厚生労働部局長会議
http://www.mhlw.go.jp/topics/2011/01/tp0119-1.html

一番関係の深い社会援護局・障害保健福祉部から出された内容は

 ■障害者自立支援法の改正

 ■障がい者制度改革推進会議等の報告

 ■発達障害者支援

などについて、です。

新規事業として
 ●保育所などへの巡回支援専門員の配置
 ●ペアレントメンター コーディネーターの配置

 ●先進的取り組みをしている市町村をモデル都市指定して成果を全国に普及 などがあげられています。

 また、

■相談支援体制の強化、各市町村に基幹相談支援センターを設置すること、

■障害児の支援は児童福祉法を根拠法として各市町村で実施する方向

などなどがあげられています。

  お正月明けからダイエットしました。2-3キロ減りました。(*^_^*) 

ここ数年、一年に一キロくらいの割合でジリジリジリジリ体重増加していたのが、12月に入ってからドドドドと増えて、危機的状況に。 10月の特定健診でのメタボ判定はぎりぎりセーフだったのですが、このままじゃあ、メタボ認定確実です。

お腹周りが特に顕著で、いわば、お腹にフライパン一個分の脂身をくっつけているような気分でした。 おまけに血圧も高めで、胃も重く、「このままではいかん! どげんかせんといかん!」

年が明けたら、いつもの「7日間。脂肪燃焼キャベツスープダイエット」を実行しようと年末に固く決意し、年末年始には、おせち料理も、お餅もケーキも思う存分食べ、お正月4日から、ダイエット開始。

 この「キャベツスープダイエット」は、私には合っているらしく、今までに何回かやっていますが、一週間で必ず2キロ程度減ります。
出所不明の不思議なレシピですが、一週間で手っ取り早く成果が出るという点が気に入っています。
レシピと利点・問題点を記載した記事を見つけました。http://allabout.co.jp/gm/gc/48933/2/

   (ここでは「ピーマン」となっているのが、私がもらったレシピでは「青唐辛子」となっています。)

 ついでに「ためしてガッテン!」でやっていた踏み台昇降50回一日2セットを義務化し、7日間のダイエット期間終了後も、食べすぎをしないように、間食を控えめに、を心がけたところ、体重は目標まで減り、肩こり、ひざ痛が軽くなり、血圧は驚くほど下がり、階段の上り下りも前より軽やかになり、立ち居振る舞いにつきものだった「どっこらしょ」を言わない自分になっていました。めでたい、めでたい。 やっぱり、お医者さんたちがテレビなどで盛んに言っていること(腹八分目・適度な運動)はほんとだったなぁ、と感心しました。

「腹(胃)も身のうち」なんですから、負担をかけすぎないようにしてあげないとね。 それに、身体が軽くなると、気分がいいです。

「軽くなった」と言っても、まだまだ重〜いので、今しばし、腹八分目を心がけようと思っております。  残された課題は、早寝・早起きの「規則正しい生活」です。今は規則正しく「遅寝遅起き」していますのでね・・・・・。う〜ん、でも、これは、実行できる気がしません。

  以前にもご紹介した、「重度の知的障害を伴う(と見られる)自閉症」の東田直樹くんがブログを開設し、毎日更新しています。東田直樹オフィシャルブログ
  私はほとんど毎日チェックし、「はぁ〜 そうなのか〜」「へぇ〜、そうだったのかぁ〜」と驚いたり、共感したりしています。


たとえば、こんな具合です。
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  「動けなくなる訳」(1月12日)

「昨日は、僕が駆けだす訳を書きましたが、その逆に歩いている途中で、急に動けなくなる人もいるようです。
僕は、あまりそういう経験はありませんが、たぶんこういう理由ではないかと考えていることがあります。
それは、歩く途中で動けなくなる場合、歩き方がわからなくなるからではないでしょうか。
歩き方がわからなくなるなんて、信じられないかも知れませんが、歩いている途中に急に訳がわからなくなるのです。

どうやって、手足を動かしていたのか訳がわからなくなり、混乱してしまうのです。そうすると、歩くのが嫌とか何かにこだわっているとかではなく、歩き方がわからなくなってしまうのです。
わからなくなると、自分の存在そのものが不安定な感じがします。
そのために、動けなくなるのです。

どうして、僕がこんなことがわかるかというと、昔、徒競争をしていた時途中から歩きだしたり、止まったりしていたからです。
歩いている途中に動けなくなる人も、そのときの僕の感覚に近いのではないかと思います。


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  「誰でもが簡単にできると思うこと」(1月16日)

人は、自分が簡単にできることは、他の人もできて当たり前だと思いがちです。
僕は、障害者にとって辛いのは、普通の人ができることができないことではなく、できない気持ちをわかってもらえないことだと思うのです。
できないことをさぼっているとか、ふざけているとか、わざとしないとか言われることほど辛いことはありません。
それは、普通の人と障害者の間だけのことではありません。
障害者同志の間でも起こることなのです。

苦手なことをなおす努力はもちろん必要です。
けれども、障害が原因で起こることについては、急に良くなることは有り得ないのです。
ひょっとすると苦手なことは、もうなおらないことなのかも知れません。
それでも、なおす努力を続けていかなければなりません。

なぜなら、そうしなければ、少数派の僕たちの居場所は、この社会にはないからです。
誰もが必死に生きています。
それは大切なことですが、どこか寂しいと感じるのは、僕だけでしょうか。
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コメントに対する誠実なお返事にも、直樹くんの人柄が見えてくるようです。

こんな東田直樹くんの、講演会の予定が決まりました。3月27日(日)です。


東田直樹・小柳拓人 ジョイント講演会&コンサート
 日時  2011年3月27日(日) 13:00 〜 16:00
 場所  アムウェイ オーディトリアム (JR渋谷駅より徒歩10分)
 入場料 無料(事前申し込み不要)


今夜は、狛江青年会議所主催の新年賀詞交換会がありました。
昨年11月14日の狛江市民まつりで「ミニSLと笑顔の森」への協力を依頼されたのがご縁の始まりで、今日もお招きいただいたので行ってみました。

会は大盛況。

青年会議所(理事長は一年ごとに交代)今年度のスローガンは「Why not? 」。
できない理由ばかりを後ろ向きに述べるのではなく「やってみよう!」と前向きに進もう、という意味だそうです。

市内の、町づくりを考える若い頼もしい力の存在になんだかうれしくなりました。
世代を超えて「子育て支援」という課題で協力して、1+1=3以上  になるといいのですが。

「障害」「支援」という枠組みばかりで世の中を見ていると、どんどん視野も交流関係も狭くなってしまいますが、「地域」を支えている、たくさんの人たちと、知り合い、手をつなぐと、もっともっと楽しいことが生まれてきそうです。

  今日は、横浜の朝日カルチャーセンターの「古武術介護」の講習会(岡田慎一郎講師)に行ってきました。わずか2時間の入門編でしたが、それでも、相手を介助しようと気張るのをやめて、自分の体のありよう(姿勢とか、位置とか、動きとか)に対して敏感であろうとすると、結果的にラクにすいっと起こせたりするし、「起こしたゾ!」という満足感よりも、自分自身が「気持よかったなぁ」という気持ちになれる、ということが、感じられました。

  帰宅してから、二階から降りてきた長男をつかまえて、実地練習をしてみました。日本人が長い時間をかけて作り出してきた無理のない動きを、再度見直せるといいな、と思いました。 

  「古武術あそび」が、学校の体育に取り入れられるといいな・・・・。

そしてもうひとつ。これも、OT(作業療法士)をしている次男が「おもしろかったよー」と教えてくれたものです。 「ダイアログインザダーク       
新聞で見たことはあって、興味はあったのですが、それっきりになっていました。

 これは、真っ暗闇の会場の中で「アテンド」と呼ばれる視覚障害のある方の助けを借りて、いろいろな体験をするというものです。体験とはいえ、「展覧会」なのですって。
暗闇の中では、見える人たちのほうが動きが不自由で、視覚障害の方たちが、私たちをアシストしてくれる・・・・という風に、立場が見事に逆転するのも、とても新鮮な体験だし、上記のサイトのフレーズにもあるとおり、「見えないから 見えるものがある」という体験ができるそうです。
体験した人たちの感想を見るだに、とても、興味深いものであることが推測されます。

 一回数名という限定人数ですが、すでに世界では600万人、日本では6万人の人が経験しているそうです。チケットは5000円、と、けっして安価ではありませんが、自分ひとりで「これが世界だ」と思いこんでいる「世界」を、覆したり、広げたりできるのなら、決して高くはないのかもしれません。
  私もぜひ行ってみようと思います。

日本に、この「ダイアログインザダーク」を日本で始めた金井真介さんのインタビューのページがあります。この「展覧会」が何を目ざしているのか、よくあらわれていると思います。
http://www.soundbum.org/sekai/14kanai.html

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クリスマスですね。
雪景色をプレゼントします。


と言っても、これは、先週(12月19日)の北海道大学のキャンパス風景です。 

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12月18日(土)に、田中康雄先生が研究代表者となって行っておられる厚生労働科学研究の「養育に困難をかかえる保護者を支援することのできる健診評価尺度(保護者自己記入式調査票)の開発に関する研究」の研究報告会が開かれ、私が講演とコメンテーターをお引き受けしたためでした。

前夜(17日)の最終便で千歳空港に着き(22時05分)、23時過ぎにJR札幌駅に着いた時には、雪もほとんどなかったのですが、翌朝目が覚めたら、一面の銀世界になっていました。
                 一足早く、ホワイトクリスマス気分を味わえて、ラッキーでした。

支援の入り口であるべき乳幼児健診が、あたかも発達障害の早期発見の場であるべきであるかのような論調が強まる一方です。
でも、「発見だけして、そのあとの、“育て方”についてのアドバイスなしに放置されるとしたら、それは、「早期発見・早期絶望」に他なりません。この「早期発見・早期絶望」というフレーズは、ご自身も障害のあるお子さんの親でもある、小児科のM先生がおっしゃっていたことばです。 
先生はその後に続けて「そうではなく、早期発見・適時介入・長期支援が必要なのです」とおっしゃいました。

どの時期が親ごさんにとっての「適時」なのかを見定めるためには、支援者側にも、ある種の覚悟が求められます。見つけたことを、あえて伝えないで、こちらの側でかかえておくことは、とても重たい作業ですから・・・。
でも、私は、なるべく早い「適時」を作り出していくことも、支援者側、健診する側にいる人たちが負うべき役割だと思っています。

北海道への行きかえりの飛行機の中で読んだ『乳幼児健診と心理相談』(田丸尚美 大月書店)は、あらためて、そのことを確信させてくれるすばらしい本でした。

  「自閉症の僕が飛びはねる理由」「続・自閉症の僕が跳びはねる理由」(ともにエスコアール出版)などを通じて、自閉症の人たちの気持や身体について発信し続けている東田直樹くんが、11月からブログを始めています。

東田直樹オフィシャルブログ
この「そらとも広場」の左側バーでもリンクさせてもらっています。

ブログを始めたと聞いたときは、「直樹くん、大丈夫?  負担にならないの?」と心配して、ご家族にもおたずねしたほどでしたが、その後、ほぼ毎日更新されています。楽しみながら書き込んでいる直樹くんの姿が目に浮かぶようです。

私は、ヒトサマが書いておられることを毎日チェックする余裕はとてもないのですが、直樹くんのブログだけは、欠かさずチェックしています。

外見は「重い知的障害を伴う自閉症の人」としか見えない直樹くんの、繊細な心と、思い通りにならない身体、そして、周囲の人たちとの関わりなど、毎日、読むたびに、「う〜〜ん」とうなるようなことの連続ですし、日ごろ考えているのとは、全く違う視点が与えられる感動があるからです。

毎回、書かれている内容は、新しい発見ばかりなのですが、12月10日の「光の帯」には、とりわけ、深い思いが見える気がしました。

直樹くん、これからも、「この地球に住んでいる君の仲間たち(自閉症の人たち)」に代わって、いろいろなことを発信してくださいね。

今日までが障害者週間でしたね。
各地でいろんなイベントや取り組みがあったことと思います。

狛江では、今日、昼休みに、市役所でロビーコンサートが開かれました。
出演者は、身体障害のある方たちの通所グループと、餃子作りで有名な「ひかり作業所」の方たちです。
コーラスとハンドベルによる演奏でした。

演奏が終わったあと、担当課である、福祉サービス支援室のO係長が「アンコールを」と発言されました。(事前打ち合わせはなかったみたいです。)
それを受けて、聴衆が声をそろえて「アンコール!!アンコール!!」と言うと、その瞬間、演奏者の人たちの顔が、ぱーっと輝きました。

そして、「準備してないので、ちゃんと演奏できるかどうか、自信がありませんが・・・・」とのお断りつきで、「きよしこの夜」を演奏して下さいました。演奏が終わったあと、深々と頭を下げるメンバーの姿はとても誇らしげでした。
何だか、とても、あったかい気持になって、次なる会議の会場に移動しました。


狛江市は、赤塚光子先生を自立支援協議会の会長にお招きしたおかげで、いろんなことが、少しずつ前進しているように見えます。お忙しい先生を、さらに、走りまわらせているみたいで、ちょっと気が引けますが、でも、心強いですよ〜〜〜。

狛江市は、障害者週間の12月8日に、市役所職員の研修・啓発として、「アイムヒア」の上映会とレクチャーの会を開催してくれました。
6月に私たち「サポート狛江」が、東京都自閉症協会と共催で、「アイムヒア」上映会をしたことがきっかけです。

12月7日には、市内の通級学級に通う保護者の主催で、同じく「アイムヒア」上映会が緑野小学校で行われ、ずいぶん多くの人の参加があったようでした。

何事も一歩ずつ、一歩ずつ。
分かっていても、仲間の方たちと話していると、どんどん走れそうな、いや、飛べそうな気がしてきて、大ぶろしき、というか、空飛ぶじゅうたん的に、夢が大きくなるのでした・・・。

  獨協医大の小児科医だった海野健先生がたった一人で続けてこられた「自閉症の家庭療育」(HACプログラム=Home  Program for  Autistic  Children)が10周年を迎えたとのこと。
  子どもさんが育てにくい、自閉症かもしれない(または、その傾向があるかも・・・)というときに、親ごさんが一番困るのは、「これからどういうふうに育てていったらいいのか分からない」ということだと思います。

  HACプログラムは、特定の理論や、特別な〇〇法に頼るのではなく、ごくごくありふれた日常のこと(おっかけっこ、いないいないバア、洗濯物を受け取る、野菜をカゴに入れる・・・・など)を課題として取り上げ、将来、社会に交わって、あるいは家庭の中で、人のために働ける子に育てることを遠い目標として、一つずつ積み上げていくことを提案しています。

 たまたま10年くらい前の日本赤ちゃん学会の会場で、海野先生が配っていたパンフレットを見て「本を送ってください」とお願いしたことがきっかけで、ずっと交流が続いています。

 最近出た木村順さんの「発達障害の子の感覚遊び、運動遊び」もそうですが、専門家依存にならず、今、ここで、お家でできること、についての発信がもっともっと増えるといいな、と思っています。

 10周年を祝して、「ひろがれ わわわ!」に隠れていた「HACの会」のリンクを、トップページに移動させました。

 12月5日(日)、広島県臨床心理士会のお招きで広島市で講演(午前:一般向け  午後:臨床心理士)することになっていて、前日(4日)に広島入りしました。
広島は、私が中学高校時代を過ごした私立女子校「ノートルダム清心中・高等学校」のある、懐かしい土地です。
同級生とその周辺の人たちの骨折りで、前夜、同期生が20人も集まってくれました!!
3時から「お茶」。お家の用事のある人は5時すぎにお開き。
残ってくれる人と、仕事を終えて駆けつけてくれる人を交えて5時半か6時から「食事会」で、なんと9時半まで広島弁のアクセントに浸って、しゃべりにしゃべりました。
高校卒業以来、44年(!)も、会ってなかった人もいて、ほんとにうれしい時間を過ごしました。

私たちの時代は、髪の毛の長さ、スカートの長さ、校内での行動などに、きわめて厳格なきまりがありました。今日も、その話がいろいろ出ました。当時は反発したけれど、今はなつかしい昔話です。今は、校則も、ずいぶんゆるやかになったそうです。

「心を清くし 愛の人であれ」が、母校の校訓(って言うのかな?)です。
「生命には必ず終わりがある」「目の前のこと、物質的なことだけにとらわれず、何のために、誰のために生きるのか考えなさい」ということを徹底的に教えられました。

アメリカの修道女会が母体だったせいか「自分の意見をしっかり持つ」「考えることは、はっきり発言する」「意見の違う人とも話し合い、決まったことはみんなで実行する」というふうにも育ててもらいました。
「皆さんと同じでいいです・・・・」みたいな人は、いないんですよねぇ。
おとなしくて発言しない人も、話してみると、ちゃんと自分の意見を持っていて・・・。

同級生は、当たり前ですが、みんな同じトシになっています。
この数十年の間、家族にも、自分にも、いろんなことがありつつも、それぞれに、誠実に年齢を重ねて来たようすが、何だか誇らしかったです。

中高時代の私は、自分ではよく覚えていないのですが、勉強が大好きでした。(かなりヘンなヤツ!  でも、今も、勉強好きかも・・・)
しかも、汽車通学で、いつも終礼が終わるとバタバタ駆け出していたので、(4時26分を乗り逃がすと次は5時18分、なんていう列車ダイヤだったので。当時は「己斐(こい)」だった駅名は「西広島」に変わりました)、広島市内に住む人たちと、ゆっくり話すことはあまりなかったような気がします。

このブログを書くために、清心学園全体のホームページを初めて開いてみたら、理事長の渡辺和子シスターのお話が「理事長あいさつ」に掲載されていました。
そうそう、私たちいつも、こういうお話を聞いて育ちました。
「大切にしてもらった」という記憶は後になって、じわじわと効いてくる。それが、教育というものだなぁ、と思いました。

40年の時を越えて、一瞬に、「あのころ」に戻り、今夜一晩は、私は「田中信子」で過ごし、少し、アタマがぼーっとしています。


講演に出かける途中の小田急線(下り小田原方面行き)の中は、足ごしらえをしたオバサングループがいっぱいいました。まあ、よくもまあしゃべるタネがあるわねぇ、と思うくらい、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃとしゃべっていました。(人のことは言えませんが・・・・)
いばる夫がいないと、女性はこんなに勢いがよく、元気なんですよね。
あ、夫がいても、元気なのかもしれません。

新横浜から乗った新幹線は、もちろん進行方向右の窓側指定を取ってあります。二人がけシートの通路側には、ビジネスマンらしい男性がいます。
三島を過ぎたあたりでしょうか、真っ白な富士山が姿を見せました。
「まぁ〜 きれいな富士山!!」と感嘆し、となりが男性だったことをうっかり忘れて「富士山、きれいですねぇ!」と話しかけてしまいました。
無視されるかと思ったのですが、その男性、ちゃんと答えてくれました。
「富士宮を過ぎたあたりで正面に、もっと大きく見えますよ」とね。
「あー、そうですかー」としばし見とれました。

隣が女性だったら、これをきっかけに、「新幹線、よく乗られるんですか?」だの「仕事ですか?」だの、世間話から始まって、どんどん親しくなり、お菓子の交換とかするところですが、相手が男性だったので、そういう話をしかけたいのをガマンガマン。

富士宮あたりで、たしかに富士山が正面に大きく見えたものの、下のほうの雲が濃くて稜線全体は見えません。
ここで、女性だったら、「ほらね、見えてきましたよ。でも、ちょっと雲がかかってて残念ですねぇ」とか向こうから言ってくれるはずなんだが・・・・と、待ってみましたが、特に働きかけもないので、そのまま、私も黙っていました。

すべての人が当てはまるってわけではないでしょうが(女性でも会話が弾まない人もいるし、男性でも世間話にノリノリの人もいるから)、何か、男と女って面白いなぁって思いました。

今夜はライトアップされた和歌山城の見えるホテルに泊まっています。
どの地方にも、こころざしや、熱い思いを持った支援者たちが、たくさんいて、本当にすてきだなぁ、と思いつつ・・・・・
仕事とはいえ、そういう、すばらしい人たちにお会いできて、幸せです。

  今日(平成22年11月20日)は、私のウン回目の誕生日でした。 北海道乳幼児療育研究会の講演依頼を受けたとき、「あ、その日は誕生日!」と思い、かつ「平成22年11月」のところは、ともに11で割れる数字だからうれしい!とか思ったのでした。

  それほどおおっぴらに言いふらしてはいなかったつもりですが、会場の北海道大学に、星槎大学・帯広サテライトの教員の千葉さんがわざわざ来てくれて、とっても素敵な花束をプレゼントしてくださいました。

私の大好きなピンク主体の花束。
千葉さんは、狛江育ちの方で、今年の6月に
釧路で出会いました。ややこしい話ですが、
狛江ー北海道ー星槎をめぐっては、この後も
展開があるかも、です。
人との出会いは、不思議です。点と点が線になり、つながって行く・・・。

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  花束をもらったから言うわけではありませんが、私が教育委員としてちょっぴり貢献している(かな?の)狛江の教育が、千葉さんみたいな魅力的な若者を育てたのかと思うと、誇らしい気持ちになります。

そして、療育研第一日目終了後の懇親会ではハッピーバースデーのプレゼント、二次会の居酒屋では、わざわざ事務局が用意してくださったバースデーケーキ、などなど、家にいる時よりもずっとずっとたくさんの人に祝ってもらいました。堀口さん、ありがとう。 

  今週末(22年11月20日)に、札幌で開かれる、伝統ある「北海道乳幼児療育研究会」の第24回大会特別講演講師をお引き受けしています。 いわゆる養育困難ないし、虐待家庭をも視野に入れて、「家庭養(療)育を支える」というテーマでお話しすることになっています。場数を踏んでいる私ですが、さすがに、北海道の乳幼児療育研、と聞くとプレッシャーがかかります。期待を裏切ってはならない!と思って・・・・。

  で、そんなこんな、考えていたときに、東田直樹くんのオフィシャルブログにリンクされている「草の根っこブログ」に遊びに行ってみたら、こんなことばを見つけました。
 「草の根っこ」さんは、鍼灸の治療院を開いている方だそうです。

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(すぐれた治療者であるドイツ在住のアメリカ人ハンター・ボーモント氏とのグループワークを経験し)ハンター氏がどのように場を創り、どのような在り方で、クライアントの問題に丁寧に深く働きかけていくのか、わからないなりにもじっくり味わうことができました。

その仕事と在り方の素晴らしさは、ひとつの目指すべき理想のセラピスト像として、今も自分の細胞に刻まれています。

2008年の講演の中で、深刻な自殺願望のあるクライアントを例に、ヘビーなケースを前にした時に、どのように「在る」ことができうるのか、話されていたことがずっと印象に残っています。

「そのようなクライアントを前にした時・・・アドバイスの類はおそらく役にたたないかと思います・・・」

「まず、クライアントが安全だと感じられる"スペース"をつくることが大切です・・・」

「これは、例えれば森で野鳥にえさを与えようとするような感じです。
つかまえてやろうとか、緊張とかはおそらくどんなに平静を装っても、伝わってしまうでしょう・・・。たとえば顔の表情筋のわずかな緊張などで・・・

こちら側に、期待やジャッジなどの意図やなんの恐れもないニュートラルな状態があってこそ、はじめて鳥の方は近寄ってみてもいいかな・・・というスペースがうまれてくるのです。」

なかなか簡単には到達できないニュートラルさですが、あきらめずに少しずつ少しずつ目指して
いきたいものです。

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「支援」ということも、かなり、似た部分を持っていると思います。

「あなたのためを思って」が先走りしすぎると、親ごさんにとって、決して幸せな状況にはならない。  でも、やっぱり、言うべきことは、ちゃんと、言わなくてはならない。それは、職業上の責務でもある。

30年もやって来た1歳半健診、3歳児健診後の相談事業が、私にとって、いまだ魅力あるものなのは、こういった二律背反の中で、どう、自分の職業上の誠実さを実現するか、という課題が毎回与えられるからなのだろうな、と思いました。

 それにしても、「スペース」「安心できる居場所」というイメージは、生きていくことを支える見えない力になっているなぁ、と思います。
私自身もそういう過程を通ってきましたし、場面緘黙のお子さんの変化を見ると、心から実感できます。

私もそういう「居場所」を作り出す側になりたいといつも思います。はるかな夢、です。
私という存在自体がそういう「安心できる居場所」になること。これは、もっともっと遠い夢です。
石化してお地蔵さんになったら実現できるかな?


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