
桜の時期に前後して咲くモクレンやコブシ、私は大好きです。
青空を背景に、モクレンが咲いていました。
見田宗介氏(社会学者・哲学者)による「宮澤賢治ーー存在の祭りの中へ」(岩波現代新書)という本がありました。
何回読んだかわからないほど読みました。
賢治の生涯に現代の課題を重ね合わせた評論集なのですが、その中に「マグノリアの谷」という文章があり、どんな花なのだろう?と、ずっと気になっていました。
今日、分かったのは、「マグノリア=モクレン属。コブシ、モクレン、泰山木(たいさんぼく)などを含む」ということ。
「マグノリアの谷」から一部抜粋
↓ ↓
「けれどもそこにその生のうちに、到達した生涯というものがあっただろうか。
わたしたちがこの生の年月のうちになしうることとは、力尽くさずして退くことを拒みぬここと、
力及ばずして倒れるところまで至りぬくことのほかには何があろうか。」
「あれから賢治はその生涯を歩きつづけて、いくらか陰気な郵便脚夫のようにその生涯を急ぎつづけて、このでこぼこの道のかなたに明るく巨きな場所があるようにみえるのは
のために他ならないということ、このでこぼこの道のかなたにはほんとうはなにもないこと、このでこぼこの道のほかには彼方などありはしないのだということをあきらかに知る。
それは同時に、このでこぼこ道だけが彼方なのであり、この意地悪い大きな彫刻の表面に沿って歩きつづけることではじめて、その道程の刻みいちめんにマグノリアの花は咲くのだということでもある。」
見田宗介 『宮沢賢治--‐存在の祭りの中へ』
第4章「舞い下りる翼」 四. マグノリアの谷---現在が永遠である より
「このでこぼこ道だけが彼方なのである・・・・・・」