未曾有の大地震、大津波、そして原発トラブル・・・・。
テレビから目が離せず、苛酷な避難所での生活の中、助け合い、耐えている東北の方たちの姿に涙することもたびたびです。
これからどうなるのだろう、私に何ができるのだろう、と自問自答。
せめて募金することぐらいは、と赤十字に送金してきました。
気仙沼には、大切なSTの友人、Oさんが住んでいます。
気仙沼の津波と火事の映像が流されるたびに、胸のつぶれる思いでした。
住所から見ると、山の方なので、最悪の知らせがもたらされるまでは、きっと元気でいると信じたいと思っていました。
そして、今日、別のSTの友人がPerson Finder(消息情報)のサイトに、彼のことが載っているのを見つけて知らせてくれました。
Oさんから、「自宅にいる、家族も無事」との連絡があったとの書き込みがありました。
ご本人は足が悪く、高齢のご家族もあるので、きっとまだまだ安心するわけには行かないのだと思いますが、ほんとうにありがたく、うれしい思いでした。
ただ、こんなにも多く、亡くなられた方、行方不明の方がある中、自分の友人が無事だったからと行って手放しで喜んでいいのかどうか・・・・・。
そんな思いもして、胸中は複雑です。
いっとき、宮澤賢治の詩を夢中に読んだ時期があります。
「けふのうちにとほくにいってしまふ わたくしのいもうとよ」ではじまる「永訣の朝」、
「こんなやみよののはらのなかをゆくときは/客車のまどはみんな水族館の窓になる」とはじまる「青森挽歌」。
いずれも最愛の妹、とし子を失った激しいかなしみをうたったものです。
その中の、印象的なフレーズを二つ。
【わたくしはただの一どたりと
あいつだけがいいとこに行けばいいと
さういのりはしなかったとおもひます】(青森挽歌)
【わたくしもまっすぐすすんでゆくから】(永訣の朝)
被災された地方と、そして、この国の復興のために、私には何ができるのか問いつつ、自分に課せられる仕事を淡々と続けたいと思っています。
寒さが襲来しています。みなさまも、気をつけてお過ごしください。