2011年05月27日

狛江でのイベント「むいからで遊ぼう!」大盛況

私が頼りない代表をつとめる「サポート狛江」が主催した「むいからで遊ぼう!」(5月21日 土曜日決行)は、晴天に恵まれ、862名の親子での来場者がありました。
ミニSLも大人気で560名以上の親子さんが乗りました。


古民家園というしつらえは、なんともいえないまったりした居心地のよさを演出してくれて、親子連れがのんびりとすごしている姿に、ほのぼのしました。

事前準備、当日の打ち合わせ、当日の会場整理等々、抜かりなくやってくださるメンバーあってのことで、私は、何だか、ただただ感心していました。

ミニSLは、個人でミニSLを作って物置に保管していて、依頼があると出向いていって走らせる・・・・・という方が市内におられ、その方が、たまたま、お子さんを通じて「サポート狛江」メンバーと知り合いで・・・・・という関係で実現した話でした。

おまけにサポート狛江メンバーのママ友で、「SL 命!」の方がそれを聞きつけ、その方のダンナさんは私鉄の運転手さんで、その運転手さんつながりで地下鉄の職員の方が家族で助っ人に入ってくれて・・・・てな具合に、どんどんセンモンカの輪が広がって、大盛り上がりでした。

さすが本職の方の会場整理のワザは大したものでしたし、ご自分で用意された切符に一枚ずつ「チョキン」とはさみを入れて、「出発進行!」などなど、ほんとに楽しい企画でした。

5月21日はカンカン照りで、まるで夏のような暑さでした。

私は場面緘黙のお子さんについての相談を受けた以外は、その辺をぶらぶらしていて、砂ぼこりを押さえるために、ジョウロで水を撒いていました。

障がいのある子と障がいのない子を分けないで、ともに「子育て支援」の枠組みの中で、必要な支援の濃さ・薄さで考えて行きたいというのがサポート狛江の理念ですし、方向性としては全く正しいと思いますが、それを実行するには、労力がたくさん必要だということを痛感しました。

新知見の一つは、(又聞きですが)地下鉄の職員の方が「いつも地下で暮らしているから、こんなに日に当たると大変だぁ」とおっしゃっていた、という話でした。

ほんとに、世の中には、自分の知らない世界がたくさんありますね〜。

  

posted by 中川信子 at 00:17| 徒然のぶこん

2011年05月14日

たべもの あいうえお 「しりとり しましょ!」

  先週(5月7−8日)の赤ちゃん学会の会場に、書籍とおもちゃの販売に来ていたのは「トロル」のhttp://www.troll-ren.jp/ 飛田さんでした。今までに何回もお会いしていたのに、お名前を知らなかった上、「スペース96」の久保さんと間違えたりしてまして・・・。

 さて、書籍販売の中に
「たべものあいうえお  あっちゃん あがつく」「たべものカルタ あっちゃん あがつく」と、
それと、それと、「しりとり しましょ!」があり、一目ぼれ。衝動買い。
   (いずれも さいとうしのぶさんの絵です。リーブル社。)

ある種の「特性」を持つものにはこたえられない、「しりとり」「ことばあそび」!!  しかも、ぜ〜んぶたべもの。

「は」のページでは「はんばーがー」「がんもどき」「きなこ」「こーひー」が手をつないでラインダンスをしてます。いや〜 実にユカイきわまる!! 

しりとりしましょ!.jpg私がヨダレの出そうな顔で本を持ち上げたが最後、手離せずにいるのを見た飛田さんたら「つなげると29メートルになるんですよっ!! ちょっと待っててくださいね〜」とクルマに取りに行って見せてくれたのがこの写真。
「しりとり しましょ!」をバラして、ぜ〜んぶつなぎあわせると(裏表だから2冊必要だそうですけど)29メートルになるんですって!!

「うわっ!! それ欲しい!!」と言ったんですが、「売ってあげない!」とのお返事。
「3万円出すって人もいましたけど」だそうです。

なが〜く広がった「29メートル」を、もとどおりにきっちり巻くのは、もちろん、私がやりましたとも!


買ってきた本は、今も、デスクのそばにおいてあって、ときどき開けてみては「うっふっふっふ!」と言っております。
だってね、「えびふらい」と「いか」と「かつおぶし」と「しお」が「だるまさんがころんだ」をして遊んでいる所なんて、常人ではゼッタイ考えつくはずがないシチュエーションですもん。

我が家の息子たちが小さいころに、このシリーズがあったらよかったのになぁ。きっとはまりまくったにちがいありません。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 なお、赤ちゃん学会でのシンポジウムの様子は、佐賀の服巻智子さんが、さっそくその日のうちにブログに書いてくださっていました。 服巻智子公式ブログ
服巻さんとは、帰りの電車で一緒になりました。
服巻さんは、佐賀「それいゆ」で有名ですが、今年はちょっと現場から離れて、大学で、仕事の振り返りをされるのだそうです。

posted by 中川信子 at 22:59| お勧め書籍案内

2011年05月14日

吉田拓郎「流星」 手嶌葵のカバー 

吉田拓郎 と言っても知らない人がふえたのでしょうか。

私は吉田拓郎の「声」の説得力がとても好きで、アルバムから選んだ曲をi-podに入れて持ち歩いています。特に好きな曲が何曲かあるのですが、そのうちの一つが「流星」です。
   「たとえば 僕が 間違っていても  正直だった悲しさがあるから 流れてゆく」
   「確かなことなど 何もなく、ただひたすらに 君が好き」
   「流れる星は 今がきれいで ただそれだけに悲しくて・・・」 
などのフレーズ、いつ聞いても、身に、心にしみます。 
YouTube  吉田拓郎 「流星」

「流星」のカバー曲が最近CMで流れていますね、リコーのCM。
手嶌葵のカバーです。  ⇒YouTube「流星」 手嶌葵カバー

拓郎の歌を女声で聞くことがあるとは思いませんでした。好みはいろいろありましょうが私は好きです。若いのによくぞここまで歌えたな、と、感心しました。

若葉の美しいこの時期、例年、いろいろ考え込むことも多く、今年も同様。
「たとえば 僕が間違っていても・・・」ていうか、よかれと思っても、間違ってしまうことの多い人生。

「正直」であろうとしても、「正直だからいいだろ?」とばかりも言えなくて・・・。
人が作っている世の中は、難しいですね。
単純な二分法で考えていた若い頃がすこし懐かしかったり、苦かったり。

ちょっとおかしかったのは、Wikipediaの吉田拓郎の項目がダダ長くて、管理者からのコメントがつけられていたこと。
この項目は過剰な加筆が行われ、読みにくくなっています。あまり重要ではない事項を細かく解説することは、むしろ閲覧者の理解を妨げ関心を損ないます。これ以上の内容の増大は歓迎されません」ですって。
管理者にとっては「重要ではない事項」かもしれませんが、そのアーティストを好きな人にとっては「最重要事項」なんですよね、きっと。

  

posted by 中川信子 at 21:05| Comment(0) | 徒然のぶこん

2011年05月05日

飯田先生とおしゃべりして「陽気」をもらう

  調布の飯田先生は、「自閉症は漢方でよくなる!」の本の出版以来、一躍、超・多忙になってしまわれました。毎日のように、全国各地から電話がかかってきます。
  新患は、月・水・木の午後の診療時間(2時ー4時)に毎日2人ずつの予約制になっています。2ヶ月近く先までいっぱいです。それを知らない近所の患者さんも午後の時間にはいらっしゃるので、混むときはえらい混み方です。

  先生に「夜なら(6時ー8時)空いてますよ」と言われたので、私はもっぱら夜にお薬(花粉症の)をいただきにいっています。何しろ、近いですからね。自転車でいけます。

  先日は、GWの谷間だったこともあるのか、昼間の混み方がウソのように夜はガラガラでした。というより私一人しかいませんでした。
飯田医院に着いたのは7時10分でしたが、飯田医院を出たのは9時50分!!
いつも、1時間はらくらくおしゃべりするとは言え、2時間40分のおしゃべりは、新記録!!

飯田先生は、話題の幅が広く、発想が自由で、お話を聞いているとほんとに楽しくなります。
先日は、「エネルギーにあふれる若者と、生命力が極度に衰えた高齢者とを、電線で結んでエネルギーの注入・交換ができないかと考えて、実際に実験してみた」というお話でした。ほんとに、そういうこと、あるらしいです。いやはや。

お話の中にアスペルガー教授が日本に来たときの話とか、自律訓練法の日本への導入の際の話とか、まさに“歴史の生き証人”の証言、て感じのお話も多く、私が一人で聞いているのがもったいないみたいな気持ちがします。

飯田先生は、「快活」ということばがよく似合うお医者さんです。
「困ったもんです」とか言いながら笑っておられます。(あ、もちろん、診療中はとても真剣ですけど。)

こういうシチュエーション、前にも経験したことがあるな〜と思っていたのですが、思い出しました!!
私が師と仰ぐ故・三木安正先生(旭出学園の創設者)が、こんなふうでした。
「いやー、困ったよ、お金がないんだ(施設を広げるための)」とか、「原稿書かなくちゃならないんだけどね〜」と、ちっとも困ったふうではなく、顔はいつも、笑っていました。

三木先生が亡くなられたのは1984年。もう30年近くなるので、三木先生のことをご存じない方もふえましたが、飯田先生は三木先生とどうやら、意気投合する仲だったらしいです。やっぱりね・・・・・。
そうそう、三木先生の命日は、私の父と同じ5月31日。
私にとって、輝く若葉が風にゆれ、つつじやハナミズキの咲くこの美しい季節は、悲しい記憶と重なりあっています。

飯田先生のところに行った帰り道は、何だか「陽気」をもらったような気分になるのが不思議です。「電線でつないでエネルギーの交換」をしたわけではないのにね。
花粉症の時期が終わるのが残念です。
花粉症以外の病気を見つけて、漢方薬をいただきに行く口実ができるといいのですが。

 

posted by 中川信子 at 23:45| 徒然のぶこん