2011年05月05日

飯田先生とおしゃべりして「陽気」をもらう

  調布の飯田先生は、「自閉症は漢方でよくなる!」の本の出版以来、一躍、超・多忙になってしまわれました。毎日のように、全国各地から電話がかかってきます。
  新患は、月・水・木の午後の診療時間(2時ー4時)に毎日2人ずつの予約制になっています。2ヶ月近く先までいっぱいです。それを知らない近所の患者さんも午後の時間にはいらっしゃるので、混むときはえらい混み方です。

  先生に「夜なら(6時ー8時)空いてますよ」と言われたので、私はもっぱら夜にお薬(花粉症の)をいただきにいっています。何しろ、近いですからね。自転車でいけます。

  先日は、GWの谷間だったこともあるのか、昼間の混み方がウソのように夜はガラガラでした。というより私一人しかいませんでした。
飯田医院に着いたのは7時10分でしたが、飯田医院を出たのは9時50分!!
いつも、1時間はらくらくおしゃべりするとは言え、2時間40分のおしゃべりは、新記録!!

飯田先生は、話題の幅が広く、発想が自由で、お話を聞いているとほんとに楽しくなります。
先日は、「エネルギーにあふれる若者と、生命力が極度に衰えた高齢者とを、電線で結んでエネルギーの注入・交換ができないかと考えて、実際に実験してみた」というお話でした。ほんとに、そういうこと、あるらしいです。いやはや。

お話の中にアスペルガー教授が日本に来たときの話とか、自律訓練法の日本への導入の際の話とか、まさに“歴史の生き証人”の証言、て感じのお話も多く、私が一人で聞いているのがもったいないみたいな気持ちがします。

飯田先生は、「快活」ということばがよく似合うお医者さんです。
「困ったもんです」とか言いながら笑っておられます。(あ、もちろん、診療中はとても真剣ですけど。)

こういうシチュエーション、前にも経験したことがあるな〜と思っていたのですが、思い出しました!!
私が師と仰ぐ故・三木安正先生(旭出学園の創設者)が、こんなふうでした。
「いやー、困ったよ、お金がないんだ(施設を広げるための)」とか、「原稿書かなくちゃならないんだけどね〜」と、ちっとも困ったふうではなく、顔はいつも、笑っていました。

三木先生が亡くなられたのは1984年。もう30年近くなるので、三木先生のことをご存じない方もふえましたが、飯田先生は三木先生とどうやら、意気投合する仲だったらしいです。やっぱりね・・・・・。
そうそう、三木先生の命日は、私の父と同じ5月31日。
私にとって、輝く若葉が風にゆれ、つつじやハナミズキの咲くこの美しい季節は、悲しい記憶と重なりあっています。

飯田先生のところに行った帰り道は、何だか「陽気」をもらったような気分になるのが不思議です。「電線でつないでエネルギーの交換」をしたわけではないのにね。
花粉症の時期が終わるのが残念です。
花粉症以外の病気を見つけて、漢方薬をいただきに行く口実ができるといいのですが。

 

posted by 中川信子 at 23:45| 徒然のぶこん