2012年04月14日

今日(4月14日)、府中で、東田直樹くん・美紀さんの講演会がありました。

 今日は、府中で、東田直樹くんとお母さんの美紀さんの講演会がありました。
東田くんとご家族とお会いしたのは、3年前に東京大学で開かれたシンポジウムの時以来で、東田くんは、一段と大人っぽく、青年らしく、ステキでした (^_^)v

各地での講演日程がずいぶんハードに入っていて、さぞ大変でしょう。
講演前は、場数を踏んでいるナカガワでさえとても緊張するのに。
「僕たちのような子どもたちがいることを、もっと知ってほしい」という願いから、ある種の“覚悟”を持ってのことだろうと思います。

講演前半、東田くんの口から、自閉症の当事者としてのさまざまな特性や困難、周囲の人に望むことなどが話された後、文字盤を使っての質疑応答でした。
後半は美紀さんによる、東田くんとの暮らしと、親としてトライしてきたことのお話でした。

いつものことですが、今回も、本当に不思議な気持ちになりました。
講演前には緊張して、何度も何度も同じフレーズを繰り返したり、合間に(言いたいわけではないのに)関係のないことを言ってしまったり、休み時間にはピョンピョン跳ねちゃったり、「話のできない自閉症の人」としか見えない外見からは想像もできない思慮深い答えが次々つむぎ出されるからです。

4歳3ヶ月の時、当時通っていた塾のスズキ先生とはじめて筆談をしたとき「ぼくのこと なんにも しらないのに  しっている ふうに いうから イヤ」と書き、スズキ先生もお母さんも、絶句し、この子に、こんなこと書けるはずないのに、と思いながら、でも、涙が止まらなかった・・・と、美紀さんも本で書いておられます。
私も、東田くんと会うたびに、その外面と内面のギャップに、驚いてしまいます。 

 

大事なことは、「東田くんは特別だ」とか、「障害の重い子なのだから、こんなことができるはずはない」とアタマから決めつけず、見た目、どんなに障害が重いように見えても、「本当は、全部、分かっているのかもしれない、表現ができないだけで」と思いつつ、一人の人として尊重し、敬意を持って接するということだと、あらためて思いました。

この後も、各地で講演会が予定されています。
チャンスがあったら、ぜひ、ナマの東田くんに会って、感じてください。
直樹くん、お母さん、お父さん、お疲れさまでした!!

 

なお、明日4月15日(←訂正 : 「5月1日に」)各地で発売される「ビッグイッシュー」5月1日号に、東田くんと演出家の宮本亜門さんの対談が掲載されるそうです。
「ビッグイシュー」は各地の主要な駅頭などで300円で販売され、そのうちの160円がホームレス支援のために使われます。毎号、東田くんがエッセイを連載しています。 

 

直樹くんがコミュニケーション手段を手に入れた「筆談」については、以前本を紹介しました。 
「言えないことばを伝えたい   発達障害のある人へのコミュニケーションを支援する筆談援助」エスコアール出版部)

posted by 中川信子 at 22:39| Comment(4) | TrackBack(0) | 徒然のぶこん
この記事へのコメント
中川先生

昨日の東田氏講演会においでいただき、また、メッセージもいただきありがとうございました。

直樹さんのご講演は、ご自分の体験やお気持ちをまとめたものですが、お話しされている様子をみると「魂を削ってでも皆に伝えたい」というようにも見えます。

本や映像だけではわからない直樹さん自身から紡ぎだされる本当の言葉は、直樹さんに会わないとわからないと思っています。

今回、このような形で直樹さんをお呼びできたこと、お母さまの体験をお話しいただいたことは、私たちの心を揺さぶり、可能性ということばを広げるものでした。

私たちも今後の東田さんを応援しつづけていきたいと思っています。
Posted by ポップシップ at 2012年04月15日 15:54
うちの子は直樹君より少し上になります。うちの子も直樹君と同じ道を歩んできました。小学校上がる前には俳句も・作文を書き始め、湧き出る文を残しておいてやりなさいと人に勧められ投稿したりしてきました。
下書きもなくどんどん文字がわいてくるように書き出していくのには、本当にびっくりしました。
ただ思春期と母の病気とが重なって、手の甲からスタートして、横に並んで一人で書かせるとこに移行する途中で中断して現在にいたっています。母は亡くなりましたが、生前もうちの子に『こんなまともな大人みたいなことを言うのに、やってることと言ってることがあわんがな。あんたの頭は一体どうなってるの。こんなこと誰も信じられへんわ』とよく言っていました。
初めて筆談で長文を伝えだした小学校1年生のころ、夜桜見物に行った時、一緒に来た他の人は焼き肉を食べてるのに、満開の大きな古い桜の木の下で(この桜はこの時が最後の満開の姿だったようで、次の年には中心から腐り、満開で咲くことができなくなっていきました)焼き肉など見向きもせず、桜を見上げて、両手を広げ一人走り続けていました。
帰ってから筆談で聞いてやると、『あの大きな桜の古木は何百年もこの俗世の人が生まれそして死んでを繰り返すを何百年も見てきたんだよね。あの桜を見てたら、胸がいっぱいで食べれない。』一文字一文字書き取っていくとこのような文になっていて。。
今、直樹君の様子や中川先生のおっしゃってることがとてもよくわかります。
Posted by なお at 2012年04月18日 21:57
現在の子供の様子はやることはなんで?というようなおバカなことをやっぱりしますが、私が仕事の人間関係で悩んでいると、『なるほどな』と全然別の切り口でアドバイスをくれたりして、頼りになることを言ってくれ助けられます。でも、今の状態では、理解なんか誰にもしてもらえないでしょう。内面を知った自分としては。。。直樹君のお母さんと同じ気持ちです。
Posted by なお at 2012年04月18日 23:17
長崎に直樹さんがいらした時講演を聞きました。中川先生が言われて様に、不思議な気持ちになりました。
 文字盤を指しながらの講演や質問への答えは、やさしさに満ちた言葉でした。終了後は、舞台の上でぴょんぴょん跳ねてよく見かける自閉さんでした。
 私たちが接している、話せないと思っている子供たちも心の奥で何を考えれいるのだろうと思うと、迂闊な接し方はできない。と同時に伝える手段を身につけてほしいと思いました。
 実際に目にしないと信じられないでしょうね。
Posted by 堀 裕子 at 2012年04月21日 00:36
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