2020年10月08日

古関裕而夫妻が住んでいた世田谷代田(小田急線)

2020年のNHK朝の連続テレビ小説「エール」の主人公のモデル、作曲家古関裕而夫妻が住んでいた世田谷区代田。
私の実家も代田2丁目で、狛江に転居するまでそこに住んでいました。
下北沢に自転車で買い物に行く途中に「古関」と表札の出たお家が確かにありました。

奥さんの古関金子さんが声楽の勉強をするために通った「帝国音楽学校」は世田谷代田駅(当時は世田谷中原駅)のすぐ近くにあったそうです。


「Web東京荏原都市物語資料館」の中の「下北沢X物語」(2019年11月)で触れられています。http://blog.livedoor.jp/rail777/archives/52104596.html
下北沢文士町文化地図」が2019年12月に発行された由。


この地図の
事務局になっている喫茶店「邪宗門」にも思い出があります。
45歳になる長男が3歳か4歳で喘息の治療のため国立小児病院(当時)に通っていました。
毎週か月2回かしら。かなり高頻度で。
喘息もアトピーも「治る」あてはなく、私は
不安な若い母でした・・・・・

注射にも泣かずに頑張った帰り、この「邪宗門」に寄ったことがあります。
長男は、バターのたっぷり塗られた「厚切りトースト」を生まれて初めて食べて、モノスゴク感動していました。
わが家ではバタートーストとは言っても、バターをケチケチしか塗りませんでしたからね(笑


上記の「帝国音楽学校」は1945年5月24−25日の空襲で焼失したそうです。
この5月の山の手空襲のことは、よく母から聞かされていました。
現在はお花見の名所になっている
遊歩道に沿って米軍機が焼夷弾を落としてゆき、風にあおられて坂の上へ上へと燃え広がって来た。
井戸水を屋根にかけて延焼を食い止めようにも火の勢いは強く危険な状態。
身重だった母は(私の)祖父と父とに「あんたたちは逃げなさい!」と言われ、当時家にいた若い女性と二人で、今は環状7号線になっているあたりに必死で逃げた。
火の勢いがおさまったので、家に戻ってみたら、
幸い自宅は延焼を免れて、祖父と父も生きていたがまるで魂が抜けた人のようにがっくりと座っていた・・・・と。
世田谷代田駅前にあったお店のご主人は、機銃掃射にあって亡くなった、とも聞きました。


そんな戦時中のこと
を知る人も少なくなってしまった今ですが、この秋、世田谷代田駅前に、温泉宿泊施設が開業したとの話に驚いています。
「由縁別邸 代田」
小田急線が地下化してできた地上部分を利用したそうです。なかなかモダンかつシックな施設らしく、開業直後の混雑がおさまったら、行ってみようかな、と思っています。

なお、世田谷代田駅の乗降客人数は1日9000人ほど。
小田急線(小田原線、江の島線、多摩線)70駅のうち、63位の人数だそうです。
ちなみに、世田谷代田より少ないのは小田原線の南新宿、東北沢、
栢山、富水、蛍田、足柄、そして多摩線の黒川。何だかマイナーつながりに親しみを感じます。

posted by 中川信子 at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然のぶこん
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