ここは中川信子のホームページです。ことばの発達や障害について、
また、言語聴覚士に関連するさまざまな情報を配信していく予定です。

「そらとも」は「この空のもと、いたるところに、志を同じくする友あり」という意味です。
疲れて、ひとりぽっちと思えるときには、空を見あげ、胸いっぱいに元気を補給しましょう。
その曲がり角の先には、きっと新しい出会いと、すばらしいできごとが待っています。

型破りな芸風で人気をはくしている上方落語の桂文福さん。
吃音でありながら、いや、吃音があったからこそできあがった、独特の世界。
文福さんに密着取材した番組が8月21日(月)にアンコール放送されました。
見損なった方のために、アンコール放送の再放送をお知らせします。

吃音を「治る」「治らない」の単一軸だけでとらえる考え方から、少し視野を広げ、どう生きるのか、どう人とかかわるのか、にまで思いを及ぼすために、ご覧になることをオススメします。

という私も実は、21日に録画をかけ忘れまして、28日のアンコール放送の再放送に望みをつないでいます。

アンコール放送の再放送

・NHK「ハートネットTV」

ブレイクスルーFile.64「“きつ音”こそ芸の肥やし―落語家 桂文福―」

アンコール放送の再放送:2017年8月28日(月曜)13:05〜13:34

http://www.nhk.or.jp/heart-net/tv/calendar/program/index.html?id=201611142000

今年の夏は、雨続きです。
35度とか37度とかの酷暑でないので助かりますが、でも雨ばかりで困ります。

さて、月に一回恒例の孫クンとお母さんの「ショートステイ」でした。
孫クンは2歳3か月になりました。
相変わらず「ことばの遅い孫」クンで、明らかな有意語は「???」ですが、先月から今月までの1か月間の変化・進歩は驚くほどです。
お母さんたちがよく「目が覚めたみたいになって」って言いますが、ほんとに、そんな感じ。
ナカガワ風に言えば、「急激に脳への配線工事が進んだ」とでも言うか。


先月以前の孫クンは、マイペースそのもので、自分が伝えたいことはしっかり目を合わせて伝えるし、自分の興味に合うことには食いついてくるけれど、誘ったり声をかけたりしても、気が向かないと完全スルー。
2歳時のフォローで、心理の先生に「ヒトよりも、モノに向かいやすいですね」と言われたとかで、お父さんもお母さんも「その通りです!」でした。ばぁばももちろん同意見。

ごたぶんにもれず、水遊びが大好きで、うちに来ると風呂場に入り浸っていますが、「こうやってみたら?」とか誘っても、チラっとは見るものの、全然乗ってくれませんでした。


でも、今月は同様のシチュエーションで、誘ったり、声をかけたりすると「へぇ〜。何?」っという顔でじ―っと見て、「あ、そうか、じゃあ、やってみる!」って、すぐにトライしてくれる場面が増えました。

同時に、どこへでもどんどん行ってしまうことが減って、「こっちだよ」とか「そっちにはいかないよ」って言うと戻ってきてくれるようになりました。
お母さんにそう言ったら、「そうなんですよ、家で散歩に行く時もだいぶ楽になって。ハーネスから卒業できる日も来るかもしれないですね!」って言っていました。
ま、戻って来てくれないこともありますけどね。そういう時はやむを得ず、強制連行。


今回は毎日雨ばかりで、プレイパークもお休みの日だし、しょうがなく家の中で遊んでいたのですが、ある時、縁側からスルスルスルっと庭に裸足で降りてしまいました。やぶ蚊がスゴイので、庭には出すまいと思っていたんですが、間に合わず。

やむなく、長靴をはかせようとしたら、はかせる間ちゃんと待ってくれて、はき終わると雨の中、飛び出して行きました。
空に両手を伸ばして、きゃっきゃっと笑い声を立てて、大喜び。
いつも機嫌がよくて、笑顔の多い子ですが、こんなに大きな声で笑い続けている姿は初めてみました。

次は、家の前の道にできた水たまりをじゃぶじゃぶじゃぶ。きゃっきゃっきゃっ。
ああ、確かに、私もこれ、やったわ。65年以上前に \(◎o◎)/!
水たまりって、今でも、ワクワクする。

どうしましょ!すぶ濡れだわ、風邪ひいちゃう、
と困惑しているじっじとばぁばに「すごいね!」「面白いね!」「楽しいよ!」っていう視線を送りながら躍り続けます。
「欣喜雀躍」とか「手の舞い、足の踏むところを知らず」ってことばがありますが、ほんとに、体じゅう、心全体が飛び跳ねていました。


あまりにうれしそうなので、じっじもばぁばも、止めるにしのびず、ただただ歓び躍っている孫クンを見守りました。


ことばを使えるようになると、「これは雨だ」「水たまり」「じゃぶじゃぶする」ということばで外界や自分の行動を表現できます。それは、反面、喜びも、驚きも、感情の動きも、全部狭い「言語」の範囲に規定してしまうということでもあります。それ以上でもそれ以下でもなくなっちゃう。
ことばを使えない分、高次脳機能で整理し、抑制的に行動するのではなく、感覚全開で表現できるんだなぁ、と、ある意味うらやましい気持ちにもなったりしました。

「遊びをせむとや生まれけむ。
たわぶれせんとや生まれけむ。
遊ぶ子どもの声すれば、
我が身さえこそゆるがるれ」です、全く。
      梁塵秘抄でしたっけね。

あまりにざあざあ降りになってきたので、「ねえねえ、そろそろ入ろうよ。びっしょりだよ。今度はお風呂場で遊ぼうよ」って、聞いてはくれないだろうなぁ、強制連行するしかないかな、って思いつつ声をかけると、やがて、自分から長靴を脱いで、とっとこと家に入り、お風呂場に直行しました。
「へぇ〜、ことばが通じるんだ!」と、何だかびっくりでした。

歩きが安定し、坂道でも転びそうではなくなり、床の障害物も危なげなく越えられ、指先の器用さが増すなど、身体面での進歩も著しく、それが、認知や言語面の進歩、変化を下支えしているんだな、と思える場面がいろいろありました。

「はじめて出会う育児の百科」(小学館)などで、赤ちゃん、子どもの発達についていろいろ書きました。
間違ったことは書かなかったつもりですが、今回、ああ、ほんとにそうだったんだなー、子どもの成長はその子なりのやり方で進む、からだ・こころ・ことばの力は連動する、と再確認できました。

孫クンをかわいがりつつも、職業的興味全開で、しっかり観察もしているばぁばなのでした。

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