2010年10月04日

青森で見たこと、感じたこと

  10月1日、青森県立弘前聾学校で開かれる研究会にお招きいただきました。
北の国が大好きな私なので、「交通費先方持ちで、秋の青森に行けるなんて!!」とわくわくして、行ってきました。ホテルから見た岩木山.jpg
前日の懇親会も、当日の研究会も、考えること、学ぶことがたくさん
あったのですが、それは後半に書きます。
右は、宿泊先の弘前のホテル13階朝食会場からの岩木山です。
携帯カメラなのですが、その姿の美しさの一端はお分かりいただけるかと思います。

 

浅虫温泉の夕日.jpg翌2日に、私的に人と会う約束があったのでもう一泊。
今度は、青森市郊外の浅虫温泉に泊まりました。
浅虫は、私が小さいころ、とても可愛がってもらった方の故郷だと聞いているので一度行ってみたいと思っていました。
1人で泊まれる温泉つきホテルにはいろいろな限定があるので、あまり期待せずに行くことにしていますが、今回は200パーセント満足のお宿でした。お風呂もお料理も、そして、小さい宿であるがゆえの宿の方のあったかいもてなしも。そして宿泊料も!!
浅虫温泉駅に着いた時は、ちょうど、お日様が沈むところでした。
「夕焼け」が売り物の一つでもある観光地なので、「ゆうやけ橋」という橋があり、そこから撮った写真と、翌朝の海のようすです。 浅虫温泉の朝の海.jpg

 

 

 

 

 

 

さて、聾学校は、いずこも、生徒数の減少が顕著です。
青森県立弘前聾学校も、例外ではなく、昭和30年代、最盛期には幼稚部・小学部・中学部・高等部合わせて150人もいた生徒が、今年は8名。弘前聾に限らず、いずこの聾学校も、学習集団がつくりにくくなっているとのことです。

早期発見、早期指導の成果、補聴器の進歩、人口内耳の手術の一般化、そして、インテグレーション、インクルージョンの流れの中での喜ばしい変化という面もありつつ、でも、「聞こえにくい」という特性は、どこまで行ってもなくなることはありませんし、通常の子の中で育てればいい、とだけは言い切れません。
聴覚活用、音声のみでのコミュニケーションを強制するのではなく、手話の併用も視野に、「聞こえにくい子」としてのアイデンティティと誇りをきちんと育てる場が必要だと言われていますし、実際、私もそう思います。
短時間ながら見せていただいた授業で、1人ずつの子どもを大切にする、子どもの気持ちに寄り添いながら、必要なスキルを教えて行く・・・・という、教育の本質を見せていただいたようで、とても嬉しい気持ちになりました。
もちろん、聾教育独自の専門性の確保と継承、地域の園や学校への地域支援のあり方、知的障害特別支援学校等との併設の動きなどなど、簡単に割り切れない大きな問題も多々あります。
ですが、研究会と併せて開かれた講演会の終わりのあいさつで、風晴校長が言われたとおり、「特別な子への支援教育ではなく、支援を必要とするすべての子への個別支援」という発想をもって、動いて行かなければ失われるもののほうが多いと思います。

そしてもう一つ印象に残った話。
風晴校長がずっと以前に、幼稚部の担任をしていたとき、「熱があるので、休みます」と連絡してきた子が、2時間目から登校してきたことがあるそうです。お母さんに聞くと、「先生が待っているから、どうしても行く、と言ってきかないので、連れて来ました」というお返事だったそうです。
「先生が、私のことを待っていてくれるから、(たとえ体調が悪くても)行く!」という気持ちで、生徒が先生とつながっている・・・・。

 すべての学校の、すべてのクラスで、そういう生徒と先生の関係が成り立つような条件整備と、教員の力量向上が図られるべきですね。
日本中の子がみんなそんな楽しい気持ちで、学校に通い、成長することができたらなぁ・・・と思います。実態は、まだまだ、ですが。

ともすると発達障害が話題の前面に出て、後ろのほうに追いやられがちな聾学校、盲学校ですが、教育の中で、本当に大事な一翼をになっています。多くの方たちに知っていただければと思います。

風晴先生、他の先生方、共にがんばりましょう!!
青森に行くと、なぜか、いつも、こんな、高揚した気分になるのが不思議です。
あ、そうそう、そろそろ木々の先端部で紅葉も始まっていました。

 

なお、弘前聾学校は平成20・21年度 文部科学省委託事業として
「PT、OT、ST等の外部専門家を活用した指導方法等の改善に関する実践研究事業」 に取り組みました。その報告書が青森県のHP上に載っています。↑
なかなか広がらないSTと教育分野との協力関係がさらに開かれていくといいな、と思います。
ごらんになってください。

posted by 中川信子 at 00:19| Comment(0) | 徒然のぶこん