2010年06月08日

「恩」という字

  同級生にお寺の住職さんがいます。先日、メールのやり取りの中で「寺だより、読んでいただけるなら送りますよ」と言われ「送って!! 送って!」とおねだり。毎月送ってもらっています。
  そして毎月、「うーーーむ、深いなぁ!」とうなります。

  先月はこのようなお話でした。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
●(私たちは)想像もできない「おかげさま」に支えられて生きています。
●「おかげさま」とは目に見えていないところで私を支え育んでくださっているはたらきということで、「ご恩」と置き換えてもいいでしょう。
●恩と言う字は原因の因という字の下に心という字を書きます。現在を結果と見るときに、現在の自分を育ててくださった因(もと)を知る心です。
●因という字は口は布団を表し、中にある大の字は赤ちゃんが大の字に寝ている姿です。多くの支えやはたらきによって包み込まれ安心して眠ることができているのです。
●全く自分の気づかない、気づけないところで、私を慈しみ育んでくださっている縁(はたらき)を気づかせていただく、喜びの心こそが恩という字でした。
●私には見えていない寿(いのち)無量寿によって支えられ生かされている私でしたと「よろこび」のうちに生きさせて頂くということが念仏者としての私のあり方だと思います。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

  私(中川)は念仏者ではないので、まだまだこういう境地には程遠いのですが、「目に見えないところで働いて下さっている力」ことへの感謝は、結構、色濃く持っていると思っています。

  今年は特に、です。というのも・・・・・・。

 ある事情があって、今年初めてきうりを植えたのです。(特に植えたかったわけではありません。
 生き物の世話は、およそ向かないんです。継続する努力が苦手なので・・・・。)
 今は、葉っぱが増え、茎が伸び、早くも赤ちゃんきうりがなっています。

 つくづくと植物の生育を眺めたことなんてないのですが、(子どものころ、母がトマトやきうりを家庭菜園で作っていましたが、私はもっぱら収穫する係りでしたから)なんだかありがたく、不思議な気持ちがします。

 「奇跡のリンゴ」の木村さんみたいに「元気に育って、いいきうりを成らせてね!」と話しかけたりしています。あ、そうそう、ぬかみそを混ぜながら「おいしくなってね」と話しかけるようにもなりました。そしたら気のせいか、おいしくなったような気が・・・・・。 

  話はもとにもどって・・・・
「多くの支えやはたらきによって包み込まれ、安心して」育つことのできる地域や社会を築かなくてはならないなぁ、と思うような出来事が今日もありました。
親ごさんだけで抱えるには重過ぎる荷物があります。
 とはいえ、その荷物、私1人ではとても負えそうにありません。

 見えないところでも、安心のネットワークが幾重にも張り巡らされているようなシステムを考えないと実効性はなさそうです。
 ネットワークの相手方と会うときに、北海道大学の田中康雄先生がおっしゃるように「いつもありがとうございます」という感謝の心をもってお会いすることが、目の前の子どもを守ることにつながるのかもしれませんね。

 

  

posted by 中川信子 at 00:04| Comment(2) | 徒然のぶこん