2009年01月17日

「絆」ということば と 安田講堂“事件” 

  どこかで、こんなことばに会いました。

  「絆」という字は「糸」と「半(分)」と書く。
  片方が糸の半分を出し、片方が半分を出し、その糸が結び合うと「絆」になる、と。
 

  辞書的な意味での「きずな」の語源は「引き綱」とか「騎綱」というところから来ているらしいのですが、「半分ずつ差し出した糸が、結び合って きずなになる」っていう、主体的、意図的な行為である、という説明はとても納得!でした。

 

  おりしも、今年の1月19日は東大安田講堂「落城」から40年。
いろいろな番組でそのころの映像が流されています。
私は全共闘ではありませんでしたし、火炎瓶と投石とで革命が成就できるとは思っていませんでしたが、でも「世の中間違っている」「強いものの言いなりの世界はおかしい!」というメッセージを発し、また「何のために、誰のために学ぶのか?大学は誰のためにあるのか?」という問いを自分と社会とに向けた大学闘争(紛ではなく)は、今も自分の中にも宿題として残っていると思っています。

「落城」した、安田講堂の中に残されていたという落書き

   連帯を求めて孤立を恐れず
   力及ばずして倒れることを辞さないが
   力尽くさずして挫けることを拒否する

というフレーズは、いつ読んでもカッコいい、と思う。
トシを経た分、表現の仕方は若いころよりもたくみになったはずですが、障害のある人たちにかかわる仕事をする以上、こういう意識を忘れたくない、忘れるべきではない、と思います。

  つまり、たとえ一人ででも、しっかり立って、糸を差し出し続ける。そうすれば、必ず、糸を差し出してくれる相手が見つかるはず。そこに結び目、絆ができ、ネットワークができてゆく、ということ。

 今は、カッコいい「孤立」を感じることはほとんどなくなりました。
それはそれでうれしいことですが、「たとえ一人だけでも、我は行く!」みたいな、どこか、悲壮な感じも美しくて、捨てがたいような気もしたりして・・・・。

posted by 中川信子 at 22:46| Comment(0) | 徒然のぶこん